島暮らしのよろこび、つくり手としてのこだわり

オミシマコーヒー焙煎所

衛藤智康さん/オーナー・焙煎士

2016.04.11

コーヒーは、豆の焙煎によって驚くほど味わいが変化します。大三島の焙煎士・衛藤智康さんがローストするコーヒーは、口に含んだ瞬間からスッと身体に入ってくるような、また恋しくなるような、そんな魅力を持っています。決して饒舌な人ではないかもしれません。普段は謙虚で柔らかい物腰の衛藤智康さんですが、その言葉の端々からはコーヒーへのこだわりと静かな情熱が垣間見えます。

 

そして、衛藤さんが焙煎をはじめたきっかけも、また印象深いものでした。

 

――コーヒーの焙煎を始めたきっかけを教えてください。

もともとはコーヒーとはまったく縁のない会社に勤めていて、将来はそちらの方面で独立しようと思っていたんです。独立にはかなりの額の初期投資が必要なのでお金をたくさん貯めようと、妻と懸命に働きました。それが、身を粉にしすぎて、何のために頑張っているのか分からなくなってしまったんですね。当時40歳、正直疲弊していました。

 

そんなある日、イトーヨーカドーで珍しい形のドリッパーが目にとまり、何となく買ってみたんです。HARIOというメーカーのもので、普通は扇型なんですけど、それはきれいな円すい型だったんですよ。家に帰って淹れてみたら、スーパーで売っているような粉のコーヒーだったのに驚くほど美味しくて。ちょうど禁煙を始めた時期だったので、味や香りの違いが分かるようになったからかもしれません。とにかく、そこからすっかりコーヒーの世界の虜になり、自分で焙煎も始めるようになりました。

 

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――お店を構えるのに、大三島を選んだのはなぜですか?

コーヒーの魅力に目覚めた後、妻とたくさんの喫茶店を巡りました。北鎌倉にある「喫茶ミンカ」という古民家を改装したお店に出合ったとき、「こんなお店を開きたい」と思うようになったんです。僕たち夫婦は九州出身なので、海のそば、できれば暖かい島に移り住んでお店を出すのもいいんじゃないかと。

 

雑誌で大三島でレモンのお酒を作っている「リモーネ」さんの記事を見て、瀬戸内海の島全般や小豆島を検討しましたが、妻が「地域おこし協力隊」として勤務することになり、大三島に住むことになりました。我が家には大切な家族である犬がいるので、頼れる動物病院が島にあったのも大きかったですね。

 

それから3年後の2015年4月、築70年の古民家を改装した「オミシマコーヒー焙煎所」として、コーヒー豆の販売とカフェをスタートさせました。

 

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――素朴な疑問なのですが、豆や淹れ方だけでなく、焙煎もやはり重要なのでしょうか?

はい。コーヒーの生豆自体には味も香りもほぼなく、火で煎(い)る「焙煎」という工程があって初めて、あの独特の風味が生まれます。その焙煎にも細かい段階があって、浅く煎ると酸味があって軽やか、深く煎れば苦味があって力強い味になり、だいたい8段階ぐらいあるんですよ。皆さんが飲んでいる一般的なレギュラーコーヒーは、中ぐらいの段階のローストです。

 

豆自体の産地、農園、生産者は、もちろん最良のものを厳選していますが、その個性や魅力を上手に引き出すのは、焙煎の腕にかかっています。

 

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――美味しさを引き出す焙煎へのこだわりを教えてください。

うちの焙煎所では、中程度から深みのあるローストが中心です。豆の良さを最大限に引き出すには、時間ごとの温度上昇の変化やそれぞれの時間でどんな作業をするかが大切です。とても繊細な作業なので、分単位で温度と作業内容のデータをとって毎回検証しています。

 

また、焙煎前と焙煎後に、虫喰いや焦げた豆、大きさにバラつきのある豆なども一粒ずつ手で取り除いています。ホテルやレストランなどの飲食店やこだわりのある小売店、どこに出しても誇りが持てる豆です。

 

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――日々の暮らしで好きなこと、好きな景色はありますか?

愛犬や妻と過ごす時間はもちろんですが、夜寝る前に映画や海外ドラマを観ることは僕にとって楽しみな時間です。TSUTAYAのネット宅配レンタルをよく使っています。島は静かなので、夜はリラックスできますね。

 

あと、お店に来られた方は皆さん、古民家を改装した店内や目の前に広がる海をほめてくださるのですが、実は海側から見た建物もとても雰囲気があって素敵なんですよ。山を背景にしてミカン畑に囲まれた佇まいは、僕のお気に入りでもあります。

 

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――今後の目標はありますか?

これまでは、模索期間としてランチやスイーツなどいろいろなことにチャレンジしてきましたが、今後は「コーヒー豆」という原点に立ち戻って、そこに集中して力を注いでいきたいです。純粋にコーヒーを味わいに来てくださるお客さんを増やしたいし、その一人一人をもっと大事にしたいです。

 

何にでも手を広げると、結局大切なものを見失ってしまうような気がするんです。それを守るためなら、カフェの営業を週2日ぐらいに減らしていいと思うぐらい。僕、へそ曲がりなんですよ。(笑)

 

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――島に移住したい、起業したいという方にメッセージをお願いします。

シビアなことを言うようですが、移住や島で暮らすことは決してキラキラと輝くようなことばかりではありません。僕たちも、お店の物件探しや改築、お金や健康のことなど、たくさんのことを乗り越えた上で今があります。ありがたいことに苦しいときに支えてくれる人がいたことも事実ですが、夢やイメージだけに囚われず、少し冷静になって考えることも必要です。

 

「実際に島に住む」という視点で何度か足を運んでみるのもいいかもしれませんね。せっかくの人生、お互い悔いなく楽しみましょう!