島暮らしのよろこび、つくり手としてのこだわり

Jishac(じしゃく)/革工房

重信瑠依(しげのぶ・るい)さん、幹広(みきひろ)さん

2017.02.08

「家族と過ごす時間を大切にしたい」と、2013年に東京から大三島へ移住した重信さん夫妻。レザークラフトを生業にしたいという想いから、工房「Jishac」を立ち上げました。二人の活動は今や全国にも広がっているようで――。2015年には新しい家族も増え、今後がさらに楽しみな重信さんファミリー。島で暮らしぶりやイノシシの革の魅力について伺ってみました。
 
――移住を考えるきっかけは、何だったのですか?
 
以前から、僕の中で「いつも家族といたい」という思いが強かったんです。もっと言えば、昔の魚屋さんや自営業の方のように「死ぬ直前まで家族と仕事をしたい」ということでしょうか。
 
そう思うきっかけとなったのは、保険会社に勤務していたときのこと。上司が娘さんの結婚式で「そばにいられなかったので、娘の成長をまともに見たことがない」と呟くのを聞いて、ちょっと寂しくなったんです。当時はいわゆる転勤族。自分も何年かしたらそうなるのかな……と。
 
僕は強い人間でもないので、家族と一緒にいたい。でも、会社で中核となる40代になったら都会から出られないような気がして、30代の入り口で行動しようと決意しました。
 
1M5A6687
▲二人は移住後、この島の大山祇神社で挙式をあげた。リングピローも革で制作。
 
――そして、「地域おこし協力隊」として大三島に移住を果たされたというわけですね。今の生活はいかがですか?
 
想像以上に幸せです(笑)。2016年に「地域おこし協力隊」の任期が終了し、独立。考えなければいけないことや力仕事も増えましたが、サラリーマンのときの疲れとはまったく違いますよ。
 
人間関係も温かいです。近所にある木工房「1 plus 7」の高橋さんは、もう「島のお父さん」という感じで、うちの長男を孫のように可愛がってくれます。僕たちのことも「飯は食えてるのか?」とか「こういう仕事したらどうか?」など気にかけてくださって。
 
大三島には、目標を持って事業に取り組んでいる方や、ビジネスに対してシビアな視点を持っている方もいらっしゃるので、会話から学ぶことも多いです。そういった環境で田舎暮らしができる、それに子どもも一緒!とてもいいバランスで組み合わさっているので、不満はありませんね。
 
1M5A6676★
▲自宅兼工房。長男の凪橙(なぎと)くんが小さかったころは、瑠依さんが背中におんぶしながら作業をしていた。
 
――イノシシには荒々しいイメージを持っていましたが、実際の革はとても柔らかくて手触りがいいですね。
 
そうなんです、気持ちいいでしょう?丈夫で軽いんです。他にも魅力はあって、ある革靴工房の職人さんに見ていただいたときに「表面の表情がすごく豊かだねぇ」と感心されました。しぼ(しわ)の強弱など、分かる人には分かるんですね。
 
そういった革を愛する方にぜひ使っていただきたいと思っているので、「島シシレザー」という名前で、革素材の販売も行っています。
 
1M5A6682★
▲工房には優しい色合いの素材が並ぶ。革好きの「通」が選ぶのは、着色処理をしていない白色(写真左)だそう。
 
――ウシやブタではなく、どうしてイノシシの革だったのですか?
 
害獣として駆除されていたイノシシを活用したいと思ったからです。島で捕獲されるイノシシの肉は、「しまなみイノシシ活用隊」という地元の有志が集まる団体によって加工・販売されていましたが、皮については手つかずの状態でした。
 
せっかくいただいた命です。しかも皮自体は、とても上質なものでした。もともと夫婦で革製品の制作やものづくりに興味はあったので、僕が「しまなみイノシシ活用隊」に加わり、連携をとらせてもらうことになったのです。現在は「島シシレザー」という愛称で流通しています。
 
――実際に製品はどのようにつくられているのですか?
 
「しまなみイノシシ活用隊」から出た生の皮を僕が下処理し、東京のなめし業者さんにお願いして素材として扱えるように加工してもらっています。そして、素材となった革をまた僕たちが手作業で製品化します。
 
デザインや制作に関しては、妻が大活躍です。彼女は学生時代から、木工や陶芸、金工やインテリアデザインなど、幅広い分野に関わってきたので今までの経験がいきていますね。
 
僕も商品によっては製作をしますが、営業や革の販売なども担当しています。また「しまなみイノシシ活用隊」では解体・精肉作業も行っています。イノシシの状態や加工の工程などを詳しく把握し、制作に活かせるのは良い点ですね。
 
1M5A6643★
 
1M5A6659★
 
――ふるさと納税の返礼品としても、人気だそうですね。
 
おかげさまで、島シシレザーも今治市、愛媛県の特産品として認知されてきました。
 
また、「官需」――官公庁で使われる製品としても取り組みを進めています。消防士の革靴や手袋など、公務員のみなさんが使うものとして広まれば、地域でのブランド力や地域そのものの活性化にもつながるはずです。
 
実際、愛媛県庁で使っていただいているネームホルダー(名札ケース)が、徐々に浸透してきて、初対面の着用者同志で挨拶を交わしたり、イノシシ革の感想を話し合ったりすることがあるそうです。会話や交流の起点にイノシシ革が、その一躍を担っていることに大変誇らしく思います。
 
1M5A1191_web用★
▲ネームホルダー(2200円から)。すべての商品には、島シシレザーへの想いをつづったカードが添えられている。
 
――今後の展望はありますか?
 
今は自分たちの活動を多くの方に知ってもらうべく、情報発信や視察の受け入れ、工房の開放などを地道に行っています。僕たちのように、野生のイノシシの革で新しい取り組みを考えている方の後押しをできたら嬉しいですね。
 
1M5A6715