文化庁地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業

大三島を日本で一番住みたい島に

2011年、大三島の浦戸に「今治市伊東豊雄建築ミュージアム」が開館したことを機に、この島にすっかり魅了された。同年、建築家としてやってきた私にとって、今までの活動を根底から見直さざるを得ない出来事があった。東日本大震災だ。被災地の惨状を目の当たりにして、それまで都市を向いて建築を構想してきた私は、「建築家として何ができるのか」をあらためて自問自答せずにはいられなかった。21 世紀の日本は、災害対策、少子高齢化、地方再生、エネルギーや環境問題など、実に多くの課題を抱えている。これらはもはや従来のような都市中心の発想では解決できないと思う。

大三島を頻繁に来るようになって、私は瀬戸内の温暖な気候や自然、都市ではかなわない豊かな時間の中で生きる人たちと接しながら、地方にこそ大きな可能性があると実感するようになった。けれども残念なことに「地方と建築」というと、箱もの施設、乱開発、税金の無駄使いといった良くないイメージを抱かれてしまう。建築に携わる者として、こうした現状もしっかり受けとめなければならない。

こうして、私は大三島との縁に感謝しつつ、新しい建築のありかたをこの地で模索したいと考えるようになった。それは人が暮らし、集い、交わる空間や場所をつくり出すという建築家の職能を最大限に活かし、島内外のみなさんと協力し楽しみながら「大三島を日本でいちばん住みたい島」にすることであり、さらにこの過程を通して新しいライフスタイルを提案していくことだ。現在、私はミュージアムを拠点に小さいけれど多様な活動を始めている。

2015年には島づくりの一環として、文化庁の支援を受けて、島の歴史、自然、生活の魅力を再発見する「車座しまなみトーク!」の開催、情報誌『大三島ナビゲーター』の発行、情報プラットフォームomishima.net など情報発信ツールを整備した。これらを活かしながら、「大三島を日本でいちばん住みたい島にするプロジェクト」を発展させていきたいと願っている。

大三島を日本でいちばん住みたい島にするプロジェクト実行委員会 委員長
建築家 伊東豊雄

オーミシマ・ライフへの提案

2015 年9 月、ハーバード大学デザイン大学院で学ぶ学生12 人が大三島を訪れた。彼らを指導する伊東豊雄氏が、この島の活性化につながる建築を考える、という課題を出したのだ。大三島の条件を最大限生かしたシェアハウスとはどんな家?神社の参道を活性化するにはどんな建築が役立つだろうか?東京に戻って2 ヶ月半、全力投球で作り上げた提案は力作ぞろい。ここでは特にリアリティもあり、想像力も豊かな案を二つ紹介しよう。

両側から使える可動式屋台を参道に登場させる提案。
カフェや店舗などの新しい営みを生まれやすくする
屋台は、両側の軒先とも連動できる。屋台を空き地
に集めれば、人の集える空間にもなる。

みんなの参道──大三島の活性化プロジェクト

ファビオラ・グスマン= リヴェラ、リーアン・スエン、アナ・ファルヴェロ・トマス〈ハーバード大学デザイン大学院〉

宮浦港~参道~大山祇神社のルートを、文化・芸術・自然・農業の恵みが交わされる場所に生まれ変わらせたい。参道ルートにしまなみ海道のサイクリストや観光客が訪れるようにし、かつての賑わいを復活させたい。
そのために、空き家化した宮浦港北側の柑橘選果場を人々で賑わう空間にし、参道で組立て式の屋台を活用することを提案したい。地元の農家が開くマーケットなどを参道に誘致できれば、地元住民と観光客の両方がここに集えるだろう。

★サイクリストが泊まれるホテル

宮浦港にある元・柑橘選果場の1階は、観光客と地元住民のための子供の遊び場、レストラン、ショップを設け、子供も大人も一日中楽しめるようにする。2 階を作り、ホテルにすれば、サイクリストにとっての新しい休息地として重宝されるだろう。
南側には水辺の広場をつくり、1階に生まれる賑わいを導く。建物の海側は全面を引き戸にし、晴れた日には屋内空間が海に開放されるようにしたい。

★参道の屋台計画

参道を活気づける手段として、地元農家や小売業者が使える屋台をデザインした。この屋台は両サイドから使え、地元の人々が簡単に組み立てられるようになっている。屋台を使った屋外活動が活発になれば、自然と人が集うようになり、やがて屋台のある参道の風景が大三島のシンボルとなるかもしれない。
かつての参道は港と神社をつなぐ長い通路だった。だが、私たちはこの参道を人々が集い、腰を掛けて長い時間を過ごせる屋外空間にしたい。

宮浦港の倉庫をホテルにする提案。1階
には大食堂、ラウンジ、集会スペースを、
2階にはサイクリストも使えるホテル設
備をつくる。

講評

選果場の再利用も屋台も、参道の活性化に役立ちそうです。屋台は何台かまとまれば活気が出るでしょう。さっそく伊東建築塾で作り、実用に移したいですね。ふだんは倉庫に保管し、出店したい人がその時だけ空き地と屋台を借りる、といった使い方もあるでしょう。

一人の時間と集う時間が選べるシェアハウス

スコット・マーチ・スミス〈ハーバード大学デザイン大学院〉

仕事に疲れた4、5 人の都会生活者たちが、ゆっくり羽根を伸ばすためのシェアハウス。ここで時間を過ごせば、美しい島での緩やかな時間の流れに引き込まれてゆくだろう。
急斜面の丘の鬱蒼とした森の中に、5 つの小さな家が岩のように散らばっている。4 つはいずれも個人ないし夫婦用の家、残るひとつはひと回り大きく、料理と食事と入浴ができる共用施設だ。焼き杉を外壁に使った家は自然に溶け込み、各家からの眺めも損なうことがない。

全体的にプライベート空間とみなで集う空間が、楽しく入り混じるように配置されている。人が集う各家のベランダ、小さな野菜畑、バーベキュー用パティオの屋外空間が、プライベートの空間どうしを繋いでいる。
どの住戸もシンプルで似通った間取りだが、隣の家や共用施設との関係のしかたは異なっている。一人でいたい人向きの家と、皆で楽しみたい人向きの家を、その日の気分で交換しあうのもよいだろう。
深い庇で日陰をつくり出し、太陽光で井戸水を暖め、開閉自在の窓とする。
これらの技術によって冬場の暖房エネルギーは低く抑えられ、夏場は涼しくなる。

ほぼ全方位の絶景を眺めつつ、一人の時間も皆で集う時間も楽しめるよう、5 つの家を配置したシェアハウス。

講評

皆でワイワイするだけでなく、一人の時間も大切にする考え方に共感します。厳しい敷地条件にも現実的に対応していますし。この案をもとにした シェアハウスを僕たちで作っていきたい。真ん中の共有の家と、まわりの家2 つくらいは1、2 年で実現できそうです。

ここに紹介するプロジェクトはハーバード大学デザイン大学院2015 年秋スタジオ
「大三島を日本でいちばん住みたい島にするために」で、学生たちが講師陣とともに制作したものです。
The projects shown on this page were created in the fall 2015 studio, Making Omishima the Best Island to Live On In Japan
through the Harvard University Graduate School of Design, and have been produced by students and faculty.

Courtesy of the Harvard University Graduate School of Design; Fabiola Guzmán Rivera, LeeAnn Suen, Anna Falvello Tomás; Scott March Smith.